担任助手紹介⑤ | 東進ハイスクール武蔵境校|東京都

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2015年 4月 12日 担任助手紹介⑤

どうも!

新規じゃない担任助手、いつもおなじみ桑名です。

改めて自己紹介させていただきましょうヽ(^o^)丿

わたくし桑名は上智大学文学部哲学科2年生です。

将来の夢は、ズバリ脚本家

・・・とは言っても、21時付近のドラマや深夜アニメのシナリオライターではなく(それはそれで書いてみたい気もしますが)、日曜朝にやっている子供向けヒーローものや平日の夕方にやっている児童向けアニメーションの脚本を書きたいと思っています。

サンリ○ピューロランドで演っているようなショーの台本とかも楽しそうです。

 とにかく、子供向け。または昔は子供だった大人向け。

そういうものを書きたいと思ってるんです。\(^o^)/

 

みなさん、たとえば模試や学校の試験なんかで国語の問題を解くとき、評論文ってあるじゃないですか。センター試験だと大問1。

きっとアレを読む誰もが「なんでこんなわざわざ難しい言葉づかいで書くんだろう」とか「注釈を付けるくらいなら最初からそう書いてくれ」とか、一度は思ったことがあると思います。

ですが、自分が本当に伝えたいことを平易な言葉で書くのって簡単なように見えて実はめちゃくちゃ難しい。

私も哲学科の大学生として哲学書を何冊か読みましたが、カントやヘーゲルなんて読めたものじゃありません。ハッキリ言って意味不明。ものすご~く抽象的なもの(人間の理性とか感性とか)をさらに抽象的にして、そのうえ妙~な具体例をあげてきて、「日本語でおk?」状態です。

そういうものを読んでいるとき「自分ならこんなやたらめったら難しい書き方(もはやわざと難しくしているとしか思えない!)はゼッタイにしない!!」と意気込むのですが、いざ自分で論文を書いてみるとイヤ~難しいんですね。

たとえば、これは私が教授へ提出した学期末論文の一節。↓

・・・

共通の認識構造を見出すことができれば、たとえ世界それ自体がどのようなものであろうとも、普遍的な認識が成立するはずであるから、認識可能な領域の限界線をハッキリさせることで、普遍的な認識、つまり共通了解がどこまで可能であるかを明らかにしようとして…云々

・・・

「コイツ、何、言ってるんだ?」

・・・そのとき私は「あの難解な評論文を書いてるオジサンオバサンたちは、好きであんなに小難しい表現を使っているのではないのだ」と気付きました。

自分の頭の中にある考えを表そうとして、一番シックリ来る言葉を選んでいったらああなってしまったんだろう…。

なのでみなさん、評論文をそんな頭ごなしにイジメないでください(涙)

 

・・・イヤ、違う、そういう話がしたかったんじゃない。

そんななか、一番簡単な言葉で、一番大切なことを伝えられるのってなんだろう、と考えた時、私の中では子供向け番組・芝居に辿り着いたんです。

もしも誰にでも分かるような言葉で、誰にでも共感してもらえるようなストーリーで、誰かの価値観を少しだけ変えることができるような作品。そういうのを作れるようになりたいんですよね。

それにはまず、いっぱい本を読んで、いっぱい書かなければ。

みなさんユメに向かって一緒に頑張りましょう。長くなって誠に申し訳ないです。

 

武蔵境校

桑名