読書の秋(桑名) | 東進ハイスクール武蔵境校|東京都

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2015年 10月 27日 読書の秋(桑名)

どうも。桑名です。

みなさん全国統一高校生テスト、お疲れ様でした。

どうでしたか? 目標点突破できた方、しくじってしまった方、満足できていない方、色々いらっしゃると思いますが。

とはいっても、第一志望の試験は一度。模試はあくまで模試ですからね。

自分の現状を知り、これからの勉強方針に役立ててください。

大切なのは素点ではなく、内容だと思いますので。

 

では、テーマ「○○の秋」ということで

スタンダードに「読書」の秋について語ります。

よく生徒さんに「桑名さんはいっぱい本を読んでいるに違いない」的なことを言われるのですが、それは誤解です。

その誤解を解きたくて書きます(笑)

巷では「国語力=読書量」と言われることが多々ありますが、そもそも私はその説は反対なのです。

たしかに子供のころから本を読んできた子のほうが「文章を読むことに対する抵抗感」は少ないと思います。

そういう点では読解力はいささか秀でているかもしれませんが、まさかセンター国語や二次試験に出てくるような評論文を小さい頃から読んできたという子供はいないでしょう。

私だって、絵本はよく読む子供でしたし、高校に上がってからはライトノベルと漫画であれば浴びるように読んできましたが、さすがにあんなに難しい評論を趣味として読む特異な人間ではありませんでした。

 つまり、恒常的に大学教授や研究職の方々が書いているような評論や随筆を読んでいない限り、受験国語に対するスタート地点は同じだと思うのです。

そして受験科目の中で「国語」というのはその人が持つ意識が最も反映される科目であると思います。

結局、昔から本を読んできた方は「文章は読めるもの」「本は楽しむもの」という認識がある。逆にあまり読んでこなかった方や文章に苦手意識がある方などは「文章は読めないもの」「難解で理解できないもの」という意識が強く根付いています。

国語がどうしても苦手、絶対に得意になれそうにない、という方は、ぜひ「見下し読み」をおすすめしたいですね。

この世の中にはとんでもなく難しい論説文や評論文がたくさんありますが、どんな文章題が来ようとも「同じ人間なんだから分かるだろう」という気持ちで読むことです。

間違っても「むずかしすぎる!読めない!」という固定概念に囚われないことです。

そう思った瞬間、日本語は暗号に変わり、筆者は倒すべき敵に変わってしまうので。

と、言うわけで「国語は心の持ちよう」という予備校スタッフではあるまじき展開になってしまったわけですが…。

もちろん、「国語なんて大したことないぜ!」と思えるようになるためには、しっかり授業を受け、繰り返し演習することが大切ですからね。

意識を変えるだけじゃどうしようもありません。

…なんか「読書の秋」というよりは「国語の秋」的な内容になりましたね。

最近は西田幾多郎を読んでます。面白いですよ~、「善の研究」。

あとドストエフスキーやトルストイなど、ロシア文学もかじりはじめました。大学生になったらぜひ読んでみてください。

ちょっと難解なところがなかなか癖になります(笑)

 

では。

最近寒くなってきているので、くれぐれも体調にはお気をつけください。

武蔵境校・桑名